[読書]アルベール・サンチョス・ピニョル『冷たい肌』

冷たい肌

冷たい肌

スペインはカタルーニャ出身の人類学者による長編デビュー作。
カタルーニャはスペインの中でも独特の歴史や文化を持つ場所だそうで、そこの独自の言語であるカタルーニャ語で書かれた小説群はカタルーニャ文学として独自の地位を確立してるらしい。
カタルーニャカタルーニャ語は長年に渡って弾圧され、それに対する抵抗として描かれるカタルーニャ文学はそういった弾圧と抵抗の歴史が色濃く出たものらしいが、この小説はそれに対する知識が無くても十分楽しむことができる。
物語の主人公はアイルランドの解放運動に参加していたが、理想に破れ、孤独と自由を求めて絶海の孤島に気象観測士として赴く。
しかし、そこは夜になると海から半漁人の怪物がやってきては人間を食い殺そうと襲ってくる。
主人公は、灯台に住むこの島の唯一の住人である前任の気象観測士バティス・カフォーと共に怪物との戦いを始めるのだが・・・。
半漁人が出てくる辺り、ラヴクラフトの「インスマスを覆う影」を思い出したりしてしまうが、似てるのは半漁人だけ。
この物語の要の部分は、1集団としての人類(この場合は主人公とバティスだけだが)とまた別の人類の集団(この場合は半漁人になるが、人種の違い程度のものだと思う)との関係性における、1集団としてのあり方。
と、その中における個人としてのあり方、と思う。
同じ側に属していながら、主人公とバティスはろくにコミュニケーションが取れず、両者とも衝動に駆られては獣じみた行動に走る。
一方、怪物の方も(あくまで主人公の視点からだが)決して感情的には見えない。だが時折、彼らの方が人間らしく映る、何より彼らはコミュニケーションが取れている。
ただし、人間らしいという言葉はそぐわない。
少なくともこの世界の中で、人間らしいという言葉は意味を失ってしまう。
人間の方が人間に見えない、というのもおかしな言い方になる。
これが人間の本性とも取れるし、あくまでもこの二人だけに限定された話とも考えられる。
とはいえ、この小説の中では既存の価値観は壊され、それは最後の最後まで回復することはない。
ラストはなんとも言えない。
切ないような、哀しいような、とても空虚なような、胸をかきむしられるような感じだ。
ただ、まぁ、ダイナマイトで大量爆殺した後、一転して和平しようとする主人公はどうかと思うよ。
そりゃ、無理だろ。